渡邊・清水法律事務所

第6回 仕事の流儀 ― これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

 仕事を始めて35年になりますし、今後こういうものを書く機会はないと思いますので、片腹痛いと思われるかもしれませんが、ここは厚顔無恥に徹して、自分なりの仕事の流儀のようなものを書いてみたいと思います。

 「Professional – 仕事の流儀」という番組がとても好きです(好きでした、といった方が正確かもしれません。最近は若干ネタ切れの感もありますね)。仮に私がProfessionalとは何かと訊かれたら、「愉しく仕事をするために常に最大限の努力をする人」と答えると思います。

 この答えの肝は二つあります。

 一つは「良い仕事をする人は決まって愉しそうに仕事をしている」ということです。

 二つ目は「仕事のために最大限の努力をするのではない」ことです。

 それぞれ少し説明します。

 論語の中の有名な一節に「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」というものがあります。自分なりに解釈すると、「あることを知っているかいないかだけにこだわっている者は、学ぶことが好きな者には及ばない。学ぶことが好きなだけの者は、学ぶことを楽しんでいる者には及ばない。」ということかと思います。このことはまさしく仕事にも当て嵌まります。

 問題は、どうしたら仕事を愉しむことができるか、ということです。どんな仕事も、それ自体の本質は愉しいものではない。Taskですからね。当然です。ではどうしたらその愉しくない仕事を愉しくできるか。それがポイントです。

 職場の周りの人たちを観ていて、与えられた仕事をつまらないと文句を言っている人は、どのセクションに異動しても同じようにつまらないと言っている、逆にそういう文句も言わず、愉しそうに働く人はどこに行っても愉しそうだ、そういう経験をされたことはありませんか。恐らく愉しそうに働く人は、その人その人で愉しく働く秘訣を持っているのだと思います。

 愉しく働くための私の秘訣は、「これまでやってきたこととの違いを見つける」ということです。

 我々弁護士は、依頼者に相談された案件を解決することが仕事ですが、仕事を始めて直ぐの頃は、毎日が緊張と恐怖の連続で、ただただ夢中に仕事をしていくだけであっという間に過ぎていきます(少なくとも私にはそうでした)。これはもう本当に「緊張と恐怖」で、自分が主任として任された案件の先輩弁護士との合議、法廷での裁判官や相手方代理人との問答、依頼者との打ち合わせ、相手方代理人との訴訟外での交渉、何から何まで、ひたすら「緊張と恐怖」の怒濤の日々です。それでも、経験年数が増えるに従い、仕事に余裕ができてくる。それはなぜかというと、過去の経験に照らして、その後の進展についてある程度の予想をつけることができるようになるからです。これは恐らくどんな仕事でも一緒なのでしょう。仕事に慣れる、ということは、これまでの経験値から先の予想が立てられる、ということなのだと思います。そして、経験値が上がれば上がるほど、これまで経験したことと、今向き合っていることとの共通項が増え、仕事も効率的にこなせるようになる。それが仕事に慣れる、ということの本質だと思います。

 ただ、そこに陥穽があります。

 どういうことかというと、我々弁護士に引き直して考えると、今向き合っている案件と過去経験した案件との共通項が増えれば増えるほど、過去の経験を基に、その案件の争点、各争点の検討結果、裁判所の判断の傾向等々の予想がつくようになる。それ自体はもちろん非常に重要なことなのですが、我々が陥りやすいのは、そういった過去の経験のみで先を読んで、これまでの案件と、現在の案件の違いに目を向けなくなってしまうことです。

 確かに、どの案件も過去の経験だけを頼りに処理していけば、案件処理は非常に楽になります。「余計な」検討時間をかける必要もなくなりますので、長時間労働もなくなりますし、気持ちに余裕もできて、余暇を充実させることもできるようになります。良いこと尽くめのように見えます。

 しかし、過去の経験だけに頼って仕事をする習慣をつけてしまうと、仕事は途端につまらなくなります。何故かというと、頭脳を駆使する必要がなくなるからです。仕事を始めて直ぐの頃、「緊張と恐怖」で毎日が潰れそうな頃は、それこそ知恵熱が出るほど連日フル稼働させていたアタマは、過去起案した書面をコピペして書面を作り、過去検討した検討メモの固有名詞と宛名だけ変えてクライアントに提出するということを繰り返しているうちにすっかり錆び付き、毎日のヒリヒリ感も無くなって、惰性だけの日々を送るだけになる。キャバクラ通いの日々まっしぐらです。楽だけれど本当につまらない。

 では仕事を愉しくするにはどうしたら良いのでしょう。

 カンタンです。仕事をつまらなくするきっかけを排除すれば良いのです。

 どういうことかというと、今の案件と過去の案件の共通点を探すのではなく、相違点を探す、自分が今まで経験しなかった点、検討しなかった論点を探し、それらに対し、見て見ないフリをするのではなく、一から検討することを常に心がける、ということです。面倒なことを避けず、敢えて面倒なことを引き受ける、それだけで仕事は愉しくなるはずです。もしそれを心がけても、結局愉しくなんかならない、面倒になるだけだ、と思うのであれば、それは元々その仕事には向いていなかったか、もはやその仕事をするには歳を取りすぎたかのどちらかです。逆に言えば、仕事を始めた直後の「緊張と恐怖」を愉しく思い返せる人は、常にその環境に自分を置いておけるようにしさえすれば、常に背筋がピンと張った状態で仕事ができる。それが「仕事を愉しくする」唯一の秘訣ではないかと思うのです。

 因みに私が森・濱田松本法律事務所を辞めて潮見坂綜合法律事務所を作ったのも、更に潮見坂を辞めて今の事務所を作ったのも、突き詰めていえば、より愉しく仕事をする環境を求めたからです。

 そして、最良の結果は、愉しく仕事しなければついてきません。こんな仕事イヤだー、つまらねー、と思いながら仕事している人のアウトプットが人に感銘を与えられるはずもない。それを繰り返すうちに人はどんどん負のスパイラルに入っていきます。

 というわけで、私にとってProfessionalとは、「愉しく仕事をするために常に最大限の努力をする人」ということになるわけです。

                                                                                                              

2022/10/17

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