渡邊・清水法律事務所

第2回「クライアントのために最善を尽くす」ことについて

 私が弁護士になって以後20年間所属した事務所には「Best for Client」というシンプルにして強固なポリシーがありました。まさに事務所の全員が依頼者の利益を最大限確保するために粉骨砕身になって働き、日夜合議と起案を繰り返し、目的を達成したときには、依頼者と共に歓喜に身を任せて夜通し飲み明かしました。因みに、よく「体育会系」と称された事務所でしたが、上下関係が全く存在しなかったので、体育会系というのは正確ではありません。ただ、弁護士各人のエネルギーが半端なく、獰猛な事務所ではありました。その意味では「体育会系」というのは言い得て妙な部分もあります。

「Best for Client」について少し書いてみます。

 私がその事務所で叩き込まれたのは、「どうしたら依頼者の利益を最大限実現できるか、常に基本に立ち戻って考える」ということだったように思います。

 その教えは二つに分解できます。 

 一つは「そもそも依頼者の利益とは何なのかまで立ち戻って考える」ということです。

 依頼者が弁護士に案件を依頼される場合、依頼者は常に、達成すべき目的を携えて法律事務所の門を叩かれます。その目的は案件によって様々ですが、一言で言えば、現状何らかの不利益が発生している、その不利益を解消して欲しい、というのが弁護士に対する要望事項ということになります。その不利益をどうやって解消させるか、それを考えるのが我々弁護士の仕事です。依頼者が考えている不利益解消のために、誰を相手方とし、いかなる法令を根拠として、いかなる手続を利用するのか、その総ての命題に対し回答を出していくことが求められるのですが、我々は往々にして、依頼者の「こういう不利益を被っている、だからこれを実現して欲しい、そのためにこの手段に訴えて欲しい」という意向を金科玉条のものとして考えがちです。なぜなら依頼者の意向に乗ってしまうのが最も安直だからです。しかし私が所属していた事務所では「依頼者は我々にこれをして欲しいと言っている、だから・・・・」という発想は、思考停止の典型例として徹底的に叩かれました。「依頼者にとっては何が不利益なのか、その原因は何なのか、その不利益はどのようにしたら最大限解消されるのか」、それを時として依頼者の意向を離れても、客観的且つ新鮮な目で案件全体を俯瞰し、自分の頭で答えを出していくことが求められました。合議を重ねて準備をした後の依頼者との面談で、利害状況を根本から紐解いて提示し、全く新しい視点の解決手段を見いだし、それを依頼者に伝えたときの依頼者の驚きに満ちた満面の笑み、我々はそれを観るためにこの仕事をしていると言っても過言ではありません。 「Best for Client」とは、依頼者のためにできることを総てやる、ということではありません。依頼者の利益を的確に掴み、それを実現するために最も効果的な手段を選ぶ、ということです。弁護士生活35年になりましたが、このことは常に念頭に置いています。

 二つ目は、「常に基本に帰る」ということです。

 個人的には企業法務という法律実務分野があるとは思っていませんが、企業法務を主たる業務分野とする弁護士は、往々にして、専門性を身につけ、それを伸ばし、さらにはそこに特化することに自らの存在意義を求めがちになります。それは決して間違いだとは思いません。特定の分野に関する造詣が誰よりも深い弁護士は、依頼者にとってこれほど頼りになる弁護士はいないという意味で、それこそ無敵です。私も自分の得意とする分野に関してはそうありたいと思ってきましたし、そのための努力を惜しまずに働いてきたという自負もあります。 しかし同時に、どんな特殊な分野の法律でも、その特殊性は、扱う産業分野なり規制対象行為なりの特殊性に起因しているのであり、法律の構造そのものが極めて特殊で、それ故民商法の解釈の基本が全く通用しないという法律は、実のところお目にかかったことはありません。逆に言えば、どんな法律でも、問題解決のツールとして使う場合は、いわゆる基本法の基本的な解釈問題に帰結することが殆どではないかと思っています。換言すれば、どんなに特殊な法分野の法律問題でも、最終的には基本法の解釈問題に帰結する、或いはそうでなくとも、基本法の解釈問題が演繹できることが殆どであり、その意味で、難解な問題に突き当たったとき、基本法の解釈問題に立ち戻って考えることのできる力が極めて重要であると思っています。それが「常に基本に帰る」ということです。

 あと何年弁護士ができるか分かりませんが、今後も、「Best for Client」の基本に立ち戻って、日々努力していきたいと思います。

2022/4/27

コラム目次へ戻る