渡邊・清水法律事務所

第12回 闘争のための戦略(その2) ― 不利な戦況を好転させるためにはどうするか

 このコラムの第8回目「闘争のための戦略 – 彼を知り己を知れば百戦殆からず」で、不利な戦況をどのように好転させるか、というテーマを先延ばしにしていました。先日、ロースクール時代からお付き合いのある若手弁護士と話していた際に、この点について書いてほしいとのリクエストを頂きました。そこで今回は、戦況が不利になった時、或いは戦術を間違えた時にどうするか、という点について書いてみたいと思います。

 弁護士になりたての頃、とある訴訟で隘路に嵌ってしまったことがありました。その事件は、先輩弁護士からアサインされ、チームを組んで担当していた案件ではなく、私が友人から依頼され、一人で担当していた、いわゆる個人事件でした。誰に相談するでもなく、一人で訴訟を進めてしまい、その結果、気付いた時には敗色濃厚になっていました。顔色の悪い私に気付いたのでしょう、ある先輩弁護士が「おい、合議しようじゃないか」と言ってくれ、諸々知恵を出してくれて、何とか和解で案件をまとめることができました。その時のその弁護士の「弁護士にとって最も大切なことはリカバリーショットをどう打つかということなんだ」という言葉が、その後の私の弁護士人生を支えてくれる言葉のひとつになっています。今日のテーマは要するに、「リカバリーショットをどう打つか」ということになるのかもしれません。

私なりのポイントをまとめます。

1.他人にも自分にも噓をつかないこと

2.敵の立場に立って戦況を観ること

3.これまでの戦術を過信しないこと

4.戦術変更を躊躇しないこと

5.クライアントを恐れないこと

 どれも抽象的過ぎて分かりにくいかもしれません。それぞれについて多少説明します。

1.他人にも自分にも噓をつかない

 戦況が不利な方向に回りつつあることを意識せざるを得なくなった、何とかしなければならない、と認識したとき、最初にすべきことは、現状の戦況の分析ですが、そのために最も必要なことは、チームを組んでいる全員が現状の戦況に対して正確な共通認識を持つことです。ここでは「正確な」共通認識というのがポイントです。いかに戦況好転のための議論を重ねても、チームのメンバーの誰か一人でも、自分のミスを隠したり、或いはすべての情報を正確に共有しなかったりということがあると、総ての議論は完全に無駄になりますし、有効なリカバリーショットなど打ちようもありません。

 また、ミスの故意の隠蔽、つまり他人に嘘をつく、ということがなかったとしても、メンバーのそれぞれが自分自身に嘘をつく、つまり自分で自分のミスを認めない、或いは現状を自分の都合よく解釈する、という状況が発生してしまうと、やはり結果的には現状に対する正確な共通認識を共有することはできなくなります。また、仮にチームではなく、自分一人で動いている案件であったとしても、現状を正確に認識するためには、自己弁護は絶対に禁物です。常に自分の行ってきた案件処理のプロセスを冷静に、客観的に分析することが必要となります。

 というわけで、戦況を好転させるための出発点は、「他人にも自分にも嘘をつかない」ということになります。

2.敵の立場に立って戦況を観る

 これは上記1のアナロジーですが、戦況の分析のためには、自分たちの戦術を相手方の立場に立って観ることが非常に役立ちます。このコラムの第7回目で書いたように、物事を俯瞰するためには、自分と立場と違った考え方や対立する主張を持つ者の立場に立って考えることが非常に有益だと思っていますが、このことは、戦況を好転させるときも全く同様に妥当すると思います。ここでも最も重要なのは、戦局を俯瞰する能力であり、案件の相手方や裁判所は、自分たちの主張をどのように評価し、案件の現状をどのように捉えているのかを、彼等の立場に立って分析してみる、その作業が、戦況の客観的な分析には必要不可欠であると思います。リカバリーショットが複数ある時に、どのショットを選択するかということを検討する際にも、相手の立場に立って戦局を分析するということは極めて有効ではないかと思うのです。

3.これまでの戦術を過信しない

 世の中に優秀な人たちは山のようにいます。弁護士の世界にもいます。ただその中には、自分の能力に絶対の自信を持っている(ように見える)人たちも多くいます(私は頭が悪いので、その僻みもあります)。人というのは、自尊心と劣等感がないまぜになっている生き物で、自尊心なしで生きていくことは到底できません。ただ、自分の失敗を認めることができない人がそこから何も学べないように、自分を過信している人は、往々にして戦況が不利に回っていることに気付くのも遅く、気付いたとしてもそれを認めるのにも時間がかかる傾向があるように思います。

 これまでの経験で申し上げれば、効果的なリカバリーショットを打てる人には、自分の能力を過信している人は少ないように思います。常に自分の能力を客観的に観て評価することができる、そういう人は結果的にミスも少なく、仮にミスしたとしても直ぐに有効なリカバリーショットを打つことができるという印象を持っています。

 また、チームの中に自分の能力に絶対の自信を持った人がいると、万が一その人のミスにより戦局が悪化したときは悲惨な状況になりかねません。どのようなことが起きるかは皆様それぞれご経験があるとは思いますが、そもそもまともな議論ができないので打ち合わせも空転しますし、軌道修正も容易ではありません。

 案件に着手するにあたりメンバーの人選を行うのは、その案件を引っ張ってきた者の専権事項ですが、案件全体のマネージメントとする、そのような立場の人間の仕事の一つは、案件が好転しなくなった時のメンバー間の人間関係を予想し、そのような状況下でも有効にチームが回るよう、人の手当てを行っておくことだと思っています。少なくとも私はそのようなチームメンバーの人選を常に心がけています。

4.戦術変更を躊躇しない

 次のポイントは、戦術変更を躊躇しないということです。

 この点も非常に重要です。なぜなら、現状の認識と問題点がいかに正確に分析できようが、その改善のためにどれだけ有効な手段が見いだせようが、実際にその改善手段が現実に実践できない限り、総ては無駄な作業となってしまうからです。しかし、実際にはこれがなかなか難しい。自分の判断で採用した戦術を変更すること、または変更することを認めることは、自分がミスをしたことを認めること以上に、誰にとってもつらい作業だからです。

 また、そういった情緒的な問題を抜きにしても、既定路線を変更するとの決断をすることは、事務所のレピュテーションという観点からも、もっと直截にコストの面からも、諸方面との間で一定のコンフリクトを惹起することになります。しかし、冷静な現状分析の結果、戦術の変更が必要不可欠であるとの結論に至ったのであれば、そのコンフリクトに立ち向かう勇気(根性と気合)を持ち続けなければなりませんし、そのステップを打破しない限り、所期の目的は絶対に達成できません。

5.クライアントを恐れない

 上記4の過程では、クライアントの説得を避けて通ることはできません。そして、この点に関してクライアントを説得することは、時に非常に難しい作業になることは容易に想像できます。しかし、この説得にあたりクライアントを恐れていては、決してクライアントの理解を得ることはできませんし、結果的に戦局は更に悪化することになりかねません。現状の分析、戦況が悪化した原因、そして戦局を打開する対策について十分に説明して理解を得ることが必要になります。戦局の悪化に対して当方のミスや見込み違いがあったのであれば、その説明と原因の分析、そして改善のための手段を総て説明することが肝要で、そのために必要な情報の開示は総て行うことが前提となります。場合によっては委任契約を解除したい、或いは弁護士報酬は支払わない、等々、様々なリアクションもあり得ますが、それらネガティブインパクトを恐れて情報開示を行わないとの選択はあり得ないことを肝に銘じる必要があります。

 

 以上、不利な戦況を好転させるための私なりのポイントをまとめてみました。幸か不幸か、これまで扱った案件では、細かい作戦の変更等は経験しては来ましたが、戦術の抜本的な変更を迫られたことはありませんでした。これは私個人の力量に起因しているものでは全くなく、専らチームを組んできた弁護士の能力に助けられてきたことが最大の要因です。その意味で、仲間にはとても感謝していますし、幸運な仕事人生だったと思っています。

 また本題とは全く離れますが、このコラムを書きながら、太平洋戦争があそこまで悲惨な結果に終わった原因が良くわかった気がしました。当時の帝国陸軍は、私が挙げたすべてのポイントを何一つ履践していなかったのですね。今回このコラムを書くことによって私自身の思考の整理もできました。

 みなさま、この一年もお世話になりました。良いお年をお迎えください。

2023/12/27

                                                             

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